骨盤調整,仙腸関節,AKA

民間療法で近年、やたらと目に付くようになってきました「骨盤調整」という言葉を掲げる治療法がございます。「仙腸関節」の重要性を前面に出す形で良くその治療効果の素晴らしさが喧伝されています。患者さんの中には、JMIと同じようなものと思いこんでいらっしゃる方もいます。果たしてJMIで、とはどう違うのか。気になっていらっしゃる方も沢山いらっしゃるのではないでしょうか。その疑問に応えるべく具体例を上げながらお話をしてみたいと思います。

東京都在住 Oさん(20代) 男性

Oさんは、かなり体力を使うお仕事をされて来た関係上、腰痛には20代になってからずっと悩まされて来ていらっしゃる方でした。
関西にいらした時は、日本の古来から伝わる「骨法」という治療を受けていらしたとの事でした。それはそれなりに、かなり良く効いて助かっていたとのことでした。しかし、東京に出てきてからはどこに行って良いのやら見当がつかずたまたま雑誌で見た「骨盤調整」をやっている治療院に行く事にしたのだそうです。

さすがにTVでも良く紹介をされているため、治療院に行きましたら有名人の写真が沢山飾ってありいかにもという印象を受けられたそうです。その治療院で「骨盤調整」なるものを受け始めたのはいいのですが、一向に効果が感じられないため数回でかなり嫌気が指してしまったのだそうです。また、ゴムバンドを腰に巻いて一日に数百回回せと言われた方法が一番の問題で、やればやるほどに痛くなってしまってどうしようもなくなってしまったとのことです。「こんなに痛みが増して来ているのに、これをやり続けなくては治らないのですか。」と、何度聞いても「やらなくては治らない。」の一点張りでらちがあかない状況になってしまったとのことです。そこで「言われた通りにやればやるほどますます痛みが増すような、こんな治療にはとても耐えられませんので本日限りで通うのはやめさせていただきます。」とはっきりと申し上げたそうです。そうしましたら、「もう少しだけ通ってみてください。」と懇願するだけで「どうして治らないのか。ゴムバンド運動をやればやるほどどうして痛みが増すのか。続ける事で今後どのような事が考えられるのか。」と言う具体的な説明が一切なされない為サッサと帰って来てしまったということでした。たまたま、都電に私がポスターを出していた時に当院の事を知りご自宅からも近いということで、何か感じるものがありいらしていただいたということでした。

拝見しましたところ、予想通りと言いますか「仙腸関節」に明らかに酷い炎症と機能異常を起こしている状態でいらしたのです。このような症状になっている人に対して、骨盤周囲に誤った強い刺激を与え続けるような治療行為、または健康指導をする事自体がナンセンスなのです。やってはいけない事をやり続けて、またやるように指導し続けた事が症状をかえって悪化させてしまっていたのです。まるで、多重債務者に高金利でさらに多額の資金を貸し付けるがごとき所業と言わざるおえません。これは、とにもかくにも「仙腸関節」のメカニズムが何も判っていないために起きてしまった悲劇としか言いようがないのです。「痛くても我慢してやり続ければ治る。治らなくてはおかしい。治るはずだ。」とただ信じているだけとしか思えないような出来事なのです。

「患者さんの状態が今どのような状態にあるのか。」が把握できずに自らが信じてやっている治療法の効果と成功体験だけで強引に人を導こうとすることに問題があるのです。Oさん以外にも、この治療法をやられてかえって悪化してしまった方や、治りたいが一心で一生懸命ゴムバンド運動をやっていてギックリ腰になってしまった方など私は何人も知っております。医学的な理論や根拠、臨床データから組み立てられてきたものではないまさに民間療法の限界を示すものと言わざるおえないのです。

Oさんですが、ほんの数回の治療でかなり回復されまして今ではプライベートでも大変親しくさせていただいております。お会いしますと、今でも時々忌まわしい過去を思い出されては「今、思い出しても本当にむかっ腹が立ちますよ。あんなものを野放しにしておいていいんですか。」と怒っていらっしゃいますが、体だけではなく人の心にまで深い傷を負わせてしまうような治療とはいったいなんなのかと思わずにはいられないのです。私自身もこうした経験は他山の石としてしっかりと心に刻み込んでおきたいと思っています。

[骨盤を扱う民間療法について]

今世間で盛んに言われるようになりだした「骨盤調整」と言うものの実態ついて触れておきたいと思います。近年、関節運動学に基づく治療法がかなり知られるようになり当然ながら民間療法をやっている方達の間でも「仙腸関節」の重要性が知られるようになってきました。民間療法と言えどもあなどれないのは、人の体に沢山触れていると判ってくることがあるのです。それは、「体の痛みの多くは、腰から来ているな。」ということです。中には、その大きなポイントが「仙腸関節」にあると医学の世界が理解する何年も前から民間療法の方で気づいている人が既にいたのです。これはこれで大変素晴らしい発見であり、実際に沢山の人を救ってきたという事実も残っているのですから一方的に非難する事は出来ないとは思うのです。しかし、具体的な治療法に到るまでのあり方に大きな問題が内包されているのです。「仙腸関節をどうやって治すのか。」という大命題にぶつかったときに出て来た方法が、骨盤調整として今現在世間で様々な方法で行われるようになってきた治療方法なのです。

(実は、骨盤調整の治療方法が生み出された大きなヒントになるお話を「役に立つまめ知識 Vol.2 偶然が生んだ幸運」の中に書いてありますので是非お読みになって見てください。「なるほど、そういうカラクリだったのか。」と全て納得がいくかと思います。)

私が、今までに見聞きして来た民間療法で行われている「骨盤調整」と称する治療方法の殆どは、仙腸関節を矯正して治そうとする従来からの整体の考え方、やり方の延長線上でおこなわれているものです。中には、筋肉の持つ特性を巧みに利用して全身のバランスを整えると称して一時的に痛みを消すようなものもあります。そこで必ず使われる表現は「骨盤がずれている。」とか「体が歪んでいる。」という表現です。元来が関節を外見上から実にアバウトな視点でしかとらえていないので、どうしても直線的で強引な扱い方をしてしまうのです。関節の構造、関節運動学的な関節の動きのメカニズムが判っていないために、時には患者さんをわざわざ関節が締まって一番動かない姿勢にさせて、必要以上に大きな力を加えて無理やり動かそうとしてしまうのです。見かけ上の腰回りの状態をなんとしてでも真っ直ぐに見えるようにしようとする意図がそこには強く感じられます。しかし、そのような方法で、どうして関節内で1ミリ内外の繊細でうねるような動きをする仙腸関節を正確に治療が出来ると言うのでしょうか。最悪の場合にはとんでもない大事故を起こしてしまう事も考えられるのです。

(実際に、患者さんから伺ったお話の中に、こうした治療を受けて背骨を圧迫骨折させられてしまい、車椅子の生活にさせられてしまった高齢者の方が身近にいるというお話を聞かされた時は、本当に驚きました。私が今までに患者さんから聞き及び知っているだけでも、このような事例は他にも3件もあるのです。治療方法にいかに重大な問題を抱えているかが良く分かるかと思うのです。)

まるで、生身の体を大工さんのような感覚と要領で扱う為に時として大きな悲劇を生んでしまうのです。これは、全ての関節を扱う民間療法にいえる事です。(関節は矯正出来る、しなくては治らないと思いこんでいる為に起きてくる悲劇なのです。)皮肉な事に、「骨盤調整」と称する治療法は乱暴に出たら目に扱っていても、狙っているポイントがたまたま正しい為に偶然仙腸関節の機能異常が取れてしまい、劇的に痛みが消えることが時として出てくるのです。全部取れなくても部分的にせよ機能異常が取れれば、痛みはかなり軽減出来る事は十分考えられることです。確かに、ただマッサージや指圧、鍼を打っているだけの筋肉へのアプローチだけを試みる治療法よりも患者さんの満足度は遥かに高いものになる事は容易に想像が出来るのです。また、この現象は背骨の矯正をしている時にも偶然起こりうることなのです。患者さんにしてみれば、「痛みが消えれば治った。」と思いますから感謝される事も時には出て来るでしょう。そうした幸運が運良く続けば正規の医療よりも遥かに優れた治療方法だとつい胸を張りたくなる気持ちも良く理解出来るのです。しかし、これこそがまさに「関節の治療のマジック」の魔力にはまってしまった瞬間なのです。正確にポイントを狙ってそこだけをきちんと医学的な治療をしているわけではありませんので、当然ながら治療効果に大きなバラつきが出てきてしまいますし、時として信じられないような大事故まで起こしてしまうのです。また、治療効果の再現性にも乏しいものとなります。治療方法そのもにそもそも重大な問題がある事にやっている方も受けている方も気づいていないのです。たまたま良い結果が出た方は実に運が良かったというだけのことであるというケースが実に多いのです。

民間療法全てに言える事ですが、同じ治療を受けても「劇的に良くなった。」と喜んでいる人がいれば、片や大事故に合い裁判にまで訴えて心底怒っている人がいる。「前回は良かったのに、今回は全く効かない。それについて納得のいく何の説明もない。」という両極端な答えが常に出てきてしまうのです。やっている方も、反省してなんとかしようとしたところで、治療方法そのものが最初から医学的な理論を基礎にしたものではなく、単なる思いつきから始めたものなのですから、反省しようにもしようがないのです。本当に反省しようものなら、やめるしか無くなってしまうのです。

どんな治療法であれ、確かに「実際にやってみなくては判らない。」という部分は必ずありますしまた、治療をしていて偶然新しい治療方法を思いつくことも出てきます。しかし、それをやる事によってどのような事が分かるか、どのような最悪の事態が予測出来るか、もし問題が起きた時はどのように対処するべきか、などといった医学的な見地から見通しが十分に立てられなくては、治療現場で実際に使う事は危険極まり無いのです。また、問題が起きた時の解決方法まで同時に確立されているのといないのとでは、治療方法に天地ほどの開きが出てきてしまうのです。特に症状が重い患者さんであったり、複雑な症状が絡んでいる場合はその差がより顕著になるのです。

確かに、薬や注射で解決出来ない体の痛みの問題に、関節由来のものが沢山あることは昔からなんとなく分かってきていたのです。だからこそ、民間療法として中には何百年にも渡って受け継がれてきた治療法と称するものが残ってきているのです。しかし、反面関節の治療法にまつわる事故が耐えないという現実は決して見過ごす事が出来ない事実でもあるのです。正規の医療がもっと早くに痛みと関節の関わりの重要性に気づき対策を講じてきていたらと思わずにはいられません。

ここまでお話をさせていただければ、「骨盤調整」と称する治療法と関節運動学に基づく治療法は全く別物であり、たまたま治療の対象にしている、重要な体の場所が同じであったというだけのことであるという事がお分かりいただけるのではないでしょうか。また、関節を扱う民間療法がいかに危うい形で存在しているものであるかを良くお判りいただけたのではないでしょうか。